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弘法窯とは ABOUT KO-BO-GAMA

弘法窯(こうぼうがま)

弘法窯は約40年前、岐阜県美濃地方、志野・織部が発祥したと言われる可児市に築窯しました。弘法窯の名前はこの土地の古くからの呼び名「東弘法洞(ひがしこうぼうほら)」という名から名付けました。月村正比古が立ち上げた窯も今は息子三人とともに家族で力を合わせ、今を生きる美濃焼とはどんなものであろうと考えつつ制作をしております。今の人々の生活空間の中で必要なもの、住宅・公共建築の中で使われるものを創造してゆきたいと考えております。
それらの作品は使い手にとってほっとするようなやきものであったり、日々折々、使いやすい器であったり、何気なく美しく飾れるやきものであって欲しいと願っております。


美濃焼(みのやき)

岐阜県美濃地方にて、安土・桃山時代から江戸時代初期にかけてつくられたのが美濃焼です。他のやきものと比べて種類が多いのが一つの特徴です。志野、黄瀬戸、美濃伊賀、弥七田、瀬戸黒、織部等々、大変バラエティーに富んでいます。また武士であり茶人でもあった古田織部が好き好んだやきものでもあります。さらに、日本で最初に絵付けのされた白い焼物、志野が焼かれています。
安土・桃山時代の自由かつアナーキーでアヴァンギャルドな時代背景の中で創造されたやきものでもあり、現代の我々に大変好まれるものでもあります。しかしあまりにも自由であったが故に、江戸時代が安定期に入ると生産は中止され、歴史から消えてしまいます。そして昭和の初めに再現され、今日に至っております。

弘法窯